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変わってしまったものはどうしようもない

明日からまた一週間が始まってしまうのか……絶望の月曜日!と思いながら唸ってたら、

月曜日はゲンコツ親父
火曜日はかーちゃんゴリラ
水曜日はスイムで溺れ
木曜日はもくもくオナラ
金曜日は金玉潰し
土曜日はどでかいウンコ
日曜日は椅子から落っこちた

こんなフレーズを小学生だかのときに歌っていたのを思い出した。


この「どでかいウンコ」ってフレーズから思い出したんだけど、実家の近くに「どでか公園」という名称で、かなり狭い範囲で親しまれている公園があるんだけど、なんでそんな名前が付いたかと言うと、その公園のど真ん中に、でっかいうんこが鎮座していたことがあったからだそうな。
どでか公園の近くにはよく吠える犬がいて、吠える犬は苦手だからあんまりその公園に近寄ったことがないんだけど、ちょっと前にその公園の近くを通ったら、様子が随分と変わっていて驚いた。
なんせ、遊具の数が減った。だいぶ前に危険だと言われていたまあるいブランコみたいなものとか、登り棒みたいなものとか、それなりの数の遊具があったはずなのに、鉄棒とブランコとシーソーと砂場と、それくらいしかなくなっていて、残りは撤去されていた。
それだけの話なんだけど、子どもの頃から変わらないものなんてなくて、小学校の通学路沿いにあった畑は今じゃ大型ホームセンターになっているし、中学校の通学路沿いにあった田んぼはコンビニになっているし、高校の通学路沿いにあったテレビ局は家電専門店になっているし、それは便利になったんだけれど、あの頃の景色はもうないんだなぁと思うとひどく寂しくなる。
中学に入った頃に引っ越して、番地がちょっと変わったんだけど、前の家は取り壊されてそこには新しい人が住んでいるし、家のすぐ近くにあった美容室があったところは、住宅地ができて、二階の窓から屋根に出て、弟と二人で布団にくるまりながら寝そべって、ペルセウス座流星群を眺めていたあの頃にはなかった強い光を放つ街灯が、ここまで光を飛ばしてきて、星を見るのにはもっと適さない環境になってしまった。


それだけ。この寂しさに、こうすればいいのだ/こうするべきだっていう結論は出せないし、慣れ親しんだ景色は変わって欲しくないなと思う反面、変わってしまったそれを使って便利にもなっているわけで、これはもうどうしようもないんだけど、どうしようもないわ。うん、どうしようもない。


だいたいの問題に対してそうなんだけど、その問題に対して自分の中で納得がいくまで疑問や議論を重ねていかないと気がすまない人もいるし、僕みたいにどうしようもないよねって受け入れちゃう人もいるし、他にもいろんな態度をとる人がいる。
僕からしてみれば、世界を自分の言葉で認識しなおすような生き方、というのは言い過ぎかもしれないけれど、そういう生き方は苦しそうだなって思っちゃう。思うだけ。
僕はこう思うから、そんな生き方止めたほうがいいよっていうか止めるべきだ、なんて言えないし、こう言うことを書くこと自体が、そういう主張になってしまうのだとしたら少し悲しいけど、何度もいろんなところで言うように、世の中にはこんな意見を持ってる人がいて、こんな意見がこれを読んだ人の考えの参考になればいいなぁと思っています。


最後は、これとかそれとかばっかでヘたっくそな一文になったこれはひどい。