読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

だらだら

暇を持て余した人間が思いついたことをオチとかヤマとか考えずにだらだら書くとこんな感じなるよ。
他の人はもっとうまく書くのかもしれないけれど、僕の精一杯。嘘。精一杯じゃない。精一杯なら少なくとも読み返して推敲くらいするはず。真面目に書いたときは推敲とかするけど、だらだらしたものを読み返すのは苦痛で仕方ない。
ついったーがライフログなら、ブログは思考の備忘録みたいなもの、のつもり。いつか読み返したときに、このときの俺はこんなことを思ってたんだなって思えるようなものが残せれば十分です。


ひきこもり系のダメオタクは土日祝日の外出率が低い上に、友だちが少ないから外出すると言ってもひとりでアーケードをぶらぶら歩いてファーストフードのお店に入ったり、やりもしないゲーセンに入って一通りぐるりと店内を回ってみたり、買いもしないゲームショップに入って中古価格の市場調査をしてみたり、ブックオフに入って3冊くらい立ち読みして体の節々を痛めてみたり、ヤマダ電機に入って買いもしないパソコンや家電を見て回ってスロットを回したりして、お金を使わないで2,3時間くらい時間を潰したりします。
寂しいもんです。ちょっと遠出してみようにも、足がこの二本と自転車しかないのでそんなに遠くには行けず、電車を使うにしてもお金がかかるのであんまり積極的には使いたくなく、結局はいつものようにアーケードぶらぶらとか公園ぶらぶらとかその程度です。


明日の朝9時から小早川と(ゲームの中で)デートの予定が入っていて、今眠りに落ちてしまうと9時までに起きれるか心配な上、日曜朝は5時半くらいからずーっとアニメタイムが待っているので、その時間まで特にやることもなく暇を持て余していますから、だらだらと、本当にだらだらとこうやって過ごしています。本当はやった方がいいことはあるのですが、大学生ですしあと半年ちょっとすれば公務員試験が待っていたりするんで勉強するべきなんですが、ちょうやる気しねぇ。
もともとギリギリにならないとやる気が出ないタイプで、ギリギリになってもやる気がちょっと出て力は全然でないんで、毎回苦労しているんですが、このギリギリにならないとやる気がでないってのはまさしくやる気の問題で、その気になればギリギリじゃなくてもやる気は出ると思うんですが。なんかひどくわけのわからない文章になったけど、とにかくやる気が出ないので勉強とかはしません。だらだら過ごすのが性にあっています。
他の人の話を聞くと、毎日何時間も一生懸命勉強している人とか、講座を今まで一度も休んだことないとか、今日も図書館で何時間も勉強したぜふぅとか、とても素晴らしい人たちばかりで、不真面目な友だちとどっちかの家で突っ伏しながら、「やる気でねぇーよなぁ」「あぁ」「……」「なんか喋れよ」「いや、特に話すことないし」「そうか」「……」「……」なんて退廃的な、もう君たちの未来には暗雲しか漂っていないみたいなそんな一日を過ごしてみたいもんです。ほんとにそんな風に一日過ごしたら死にたくなる。


そういえば、高校の文化祭の思い出でおやつの時間の辺りでヒートアップしていたんだけど、中学は国立大学の附属中学で、文化祭なんてオシャレであまーい響きのイベントなんてなくて、その代わりに学習発表会といういかにもお堅い感じの、教育委員会とかが大好きそうな響きのイベントがありました。内容はまぁ、総合的な学習の時間という、たぶんゆとり世代から始まったのかな?で調べたり研究したりした内容の発表であったり、クラス対抗のリレーや大縄跳びだったり、あと何あったかな……記憶にないや。そんな感じのつまんないっぽい内容です。
そんなもんだったから、高校の文化祭にはもう期待いっぱい胸いっぱいで挑もうとしていたのですが、如何せん公立の進学校。やってることはそんな代わんないですよ。授業が半日で終わってあとは準備の時間に回されるのはすごい嬉しかった。
で、その準備期間中にいろいろと嬉し恥ずかし思春期模様が少し、少しですがは繰り広げられたりしてたんですが、いざ本番となるとあんまり思い出がない。なんだっけな、ライブみたいなのとファイアーストームが二大イベントとして用意されてて、学生が歌を歌うステージに全校生徒の80%くらい?が押しかけて飛んだり跳ねたりするのと、資材とかその他諸々を校庭の真ん中で燃やしてその周りでみんなが踊ったりするのです。大塚愛のさくらんぼとかジッタリンジンのプレゼントとかに、ファイアーストーム係が振り付けをつけて踊ったりします。
こういうはっちゃけた感じのイベントは嫌いじゃないんだけれど、いざ自分がその中に置かれるとどうも嫌だ。ふっ、俺はちょっと離れたところからその狂騒を眺めて「あいつら若いよなぁ」とかニヒルな感じで呟いてるほうがかっこいいぜ的な妄想が頭なのかにひしめいていたので、そんな感じでした。今でこそ、踊る阿呆に見る阿呆同じ阿呆なら踊りゃにゃ損損という言葉の意味を多少はわかったようなわかってないような気でいますが、当時は中二病炸裂!です。
文化祭みたいなみんなで何かを成し遂げるタイプの行事に参加したくないのは中二病なんだろうか……。


高校時代の思い出は、まだ3〜5年前くらいの出来事なんで結構細かいことまで覚えていたりするんですが、3年も過ごしているので思い出し始めるとキリがなくて困りますね。
そういえばこの前の夏休み、地元に帰省していたときにとある美術館で高校のときの同級生の女の子に会いました。
美術館の展示も終盤に近づいてきてそろそろ飽き始めていたので、飽き始めていなくてもするんですが、周囲の女の子をちらちら眺めたりしていました。女の子の側からして見れば結構変態ですよねこれって。僕が街中を一人で目的もなく歩いているときは、大抵女の子を観察しています。前から歩いてくる女の子の足元からだんだんと視線を上げていって、自然に見えなくなるまでじっくりと。または前を歩いている女の子の足元から上へ、上から足元へじっくりと。「女の子の洋服ってなんでこんなにかわいいんだろ」「うわぁ、いい歩き方してるなぁ」「おっ、この靴かわいい」「このブーツの脱ぎたて蒸れ蒸れの香りってどんなんなんだろうなぁ」とかしょうもないことを考えながら。
美術館に話を戻すと、「うわ、この子かわいいなぁ。肌も白めできれいだし、すっげぇかわいい」とジロジロとある女の子を見ていたのですが、突然その子がこっちを指差して、「○○くん(名字)だよねっ?」とちょっとびっくりした感じで言われて、こっちもびっくりだよもう。声をかけられて改めてよく見ると確かに見覚えがあって、高校のとき同じクラスだった女の子で、数学の授業のときとか席が近くてそれなりに会話をしたことのある人だってところまでは思い出せたんですけど、肝心の名前が思い出せない。大学生活2年半を女っ気なしで過ごした自分に、こんなかわいい女の子と会話を続けるミッションをこなせるはずもなく、名前も覚えてなかったのでロクに話をせずにこそこそと逃げていきましたが、なんで名前思い出せなかったんだろうなー。後になってちょっと考えてみて、下の名前は思い出せたんだけど、名字は今でも思い出せない。
高校のときから、周りに女の子はいたものの、会話とか全然したりしてこなかったから、女の子と会話をするだけでその子のことを、好きになってしまうくらい初心な男の子だったので、その子のこともなんか気になっていたりしていたはずなのですが、名前を思い出せないとはなんたる屈辱。
もともと人の名前を覚えるのが苦手で、今でもゼミの同期3人の名前をソラで言えない……。前期は毎週のように顔を合わせてたのに。ゼミが始まる前にケータイの電話帳で名前を確認してなんとか、ってレベルです。


自分って、本質的に他人に興味ねーのかなーなんてことを思います。
今日は、高校のときの同級生で同じ大学に進んだ3人で集まって、卒業をアルバムを見ながら二人があーだこーだ話しているのを聞いていたのですが、「△△くんってどこの大学に行ったんだっけ?」と聞かれても、確か前にどこに行ったか聞いたことがあるはずなのに思い出せない。だいたいそうで、年に何回か会う東京の大学に通ってる友だちがどこの大学に通っているかわかんなくなることもしばしばです。
ここまでいくと、人間に興味ないんじゃないかなーなんて思ったりするんですが、他人と話をしたりするのはすごい好きだし、その人についてのどうでもいいような情報は覚えていたりして、不思議なもんです。きっと興味のある情報と興味のない情報があるんだな。興味のない情報は聞いても覚えられない……って、名前に興味ないことになっちゃうのでこの説は自分の中で却下。なんなんだろうなーこれって。目の前にいる女の子の顔には覚えがあって、あのときに履いていたぱんつの色は覚えているのに名前は思い出せないときとか、死にたくなりました。むしろ殺して欲しいです。
名前を思い出せないことを悟られないように頑張って会話してるのに、「私の名前覚えてる?」とか聞かないでくださいお願いします。そんな質問されたら、ただでさえしどろもどろなのに余計ひどいことになります。


結構書いたなーと思って文字数カウントしてみたら3500文字くらいですか。
もっとこう、一つの物事に対して論じるみたいな文章とか、小説みたいな文章とか書ければだいぶ時間は潰せる気がするんですが、こうやって思いついたことをオチとか考えずにだらだら書いていると、たくさん書いたつもりでもあんまり時間が潰れないことに気がついたので、その辺においてあるマンガでも読むことにします。ばいばい。